Robert A. Haag, the "Meteorite Man"

Richard O.Norton, Rocks from Space (P289-P292)

第1部

1992年春、ある夜リチャード・ノートン(Rocks From Spaceの著者)が人気テレビ番組、Missing - Rewardを見ていると、アリゾナ、ツーソン出身の若い男がテレビに現れた。何でもないことのように、200,000ドル(約22,000,000円)の小切手をラッキーなアルゼンチンの若者にわたした。アルゼンチンの若者は、その若い男が欲しいものを持っていた - パタゴニアからの隕石だ。これはただの隕石ではない。個人所有では世界で最大、1,250ポンドのエスケル・パラサイトの完全体だ。その若者は、ロバート・A・ハーグ、ザ・メテオライト・マンだった。私はすぐに英国自然史博物館の隕石カタログを調べ、エスケルの欄を見た。『大部分はブェノス・アイレスの発見者が保持』。無理だと思っていたが・・・・ハーグはまたやってくれた。

ハーグとは10年前に偶然会っている。ツーション・ショッピング・モールを歩いていたときだ。銀色のジャンプスーツを着たワイルドな男が目に入った。彼は月の巨大な写真の前に立ち、独特の口上を述べていた。彼はスペース・パスポートを売っており、聴衆を魅了していた。ペテン師のようだ。私は思った。

光ったブロンドの巻き髪とがっちりした身体から、彼はさながらロックスターようでテレビタレントのような笑顔を持っていた。彼の情熱は強烈で、メッセージはシンプルだった。彼自身、近いうちに商業スペースシャトルに乗って宇宙を飛行できるようになり、当然スペース・パスポートが必要になるものと信じていた。彼は月の背景の前にいるあなたの写真を撮って、パスポートに貼ってくれる・・・それをたったの5ドルでやってくれた。彼はチャーミングで、人々はこのユーモアの溢れるインチキを受け入れているようだった。私が歩き去る後ろで、若い女性にパスポートを渡しながら言っている言葉がきこえた。『これを持たないで地球を離れないようにね』

 

訪問

次の春、隕石を求めるおかしな広告が新聞にのった。私はその番号に電話をかけてみた。電話の向こうの声は若く、情熱的で、そしていても立ってもいられないように感じられた(どこかで聞いたような声だが・・・?)。彼は欲しかったのは隕石 - どんな種類でも良かった - そして彼は『今』欲しかったのだ。彼は一時間以内にやってくると言った。45分後、ドアのノックがあり、私は返事をした。そこには、銀色のジャンプスーツさえ着ていなかったが、燃えるような勢いのロバート・A・ハーグがいた。ハングライダーで折ってしまった右手を吊って。

私は、リビング(田中注:ファミリー・ルーム?)に1ダースほどの石を並べた。一見して彼は言葉を失った。私が彼に鉄隕石を手渡すと、彼はそれがまるでホープダイアモンドのように大事そうに持った。そして明らかに不信感とともに爆発した。フランドル・プラネタリウムでガラス越しに初めて見た数個の隕石のほかは、これが彼が手にできる初めての隕石だったからだ。空気がわくわくしていた。私はコンドライト、次にパラサイトを渡した。そこには完全にとりつかれた男がいた。彼のリアクションは今まで私が隕石を見せた誰のそれとも到底似つかないものだった。

ハーグは常に鉱物と関係があった。両親は鉱物ディーラーだったし、兄弟のジーには南アメリカからの巨大石英クリスタルのつてがあった。ハーグは勉学に興味が無かった。ツーソンのパイマ・カレッジに学んだが、学生生活は向いてなかったようだ。彼はせっかちだった。学校での時間はゆっくりだったし、面倒くさかった。それでも鉱物のクレームの調査など(田中注:専門的でうまく訳せない部分でした)をして細々と生活していた。彼は鉱物を売ったり買ったりして両親や兄弟と一緒に生活していたが、こうした活動はいっさい彼の火の玉のような正確には向いていなかった。

子供の頃は宇宙によく興味を示した。アメリカの宇宙飛行士たちが初めて月を歩いたとき彼は12歳だった。事実、最初の人工衛星が打ち上げられた年に彼は生まれた。寝ているときを除くといつも宇宙のことを考えていた。メキシコのソノラ・ビーチでまばゆい火の玉を目の当たりにしたとき、彼の興味はさらに深まった。半世紀前のナイニンジャーのように。彼はその隕石が欲しくて無知にも自分で浜辺を探して歩いた。彼はただ宝を見つける『方法』を知らなかった。それは大アエンデ落下の年、1969年だった。彼もナイニンジャーと同じく隕石を見つけることはできなかったが、種は植えられた。他の惑星の破片を手に入れることは彼の夢となった。

21歳の時、ハーグは夢を手に入れられる一歩手前までいった。宝石・鉱物ショーで鉄隕石をみつけたのだ。だがそれは高価で、とても彼に買えるものではなかった。誰かは買うことができて、彼の夢を買ってしまうことができただろう。彼は誓った。次のチャンスは絶対に逃さないことを。

1年程後、宝石関係の雑誌である広告をみつけた。誰かが隕石を探していたのだった。広告には、ニュージャージーのジム・ドュポンと名前が書いてあった。ジム・ドュポンは億万長者で世界で最大級の隕石コレクションを持っていた。ハーグのかけた電話は運命的なものだった。ドュポンは隕石を集めていただけで、売っていたわけではない。しかし彼は若者に興味を持ち、アグレッシブに夢を追いかけるように後押した。その瞬間からロバート・ハーグは熱心な探求を開始した。ドュポンは彼に地元の新聞に広告を載せさせた。『誰が人生の踏み台になるかなんてわからない』彼は言った。ハーグはそれをし、そしてそれが彼を私の家に連れてきた。ついに夢を現実にしたのだ。

学ぶ時

ハーグは隕石について何も知らないで買いにきた。しかし私に提供できる小さな隕石で満足しないことは容易に想像できた。それは学ぶ時であり、彼は熱心な学生だった。その科目にはあくことのない欲望があり、何日かに一度、何週間にもわたって家に隕石についてはなしにきた。隕石について理解するには、多数の科学系科目の知識が必要なこともすぐにわかった。鉱物学、天文学、岩石学、それに化学だ。隕石学はハイブリッド科学で、それらすべてから成り立っている。彼はその科目の本を、見つけられるものすべてを読んだ - ただし片手にもてる程の数しかなかったが。

隕石を探すハーグ

隕石を探すのに一番いい場所は、以前に隕石が見つかっている場所だ。ハーグの最初のターゲットはメテオ・クレーターだった。彼は見つけた中で最高の金属探知器を買いクレーターに向かった。そこは誰にも手をつけられていない聖域だった。25年前にナイニンジャーが探索をしたとはいえ、当時に比べて金属探知器の科学的性能は格段と上がっていた。現代の探知機は鉄隕石が3(約6メートル)から5フィート(約10メートル)下にあっても反応する。西側のクレーターをたった何時間か探しただけで何十個もの隕石が見つかった。何グラムのものから何ポンド(1ポンドは0.4536kg)の重さのものまで。まるで、無視できない餌でも使って釣りをしているようなものだった。

1960年と70年のある時期、牧場主とクレーター管理者の許可を得て、科学者たちがクレーターをさらった(田中注:根こそぎとったと言う意味ですが・・・)ときがあった。牛が引っかかって落ちるといけないので、掘った穴さえ完全に埋まっていれば良いと言われていた。パトロールをしていた牧場の作業員は、静かなハーグを見つけると手を振って挨拶を交わし、穴を埋めておくように言った。彼は気を使ってクレーターから西へ離れ、キャニオン・ディアブロから3マイル以上離れたところに滞在し、牧場の業務の邪魔をしないようにしていた。

これはロバート・ハーグにとって最も幸せな日々だった。昼間は平原を探索し、夜は星空の下でキャンプをすると、運命をますます感じるようになった。宇宙からの石は彼の人生の中心になりつつあった。

牧場業者との協力は、ハーグの冒険の最初の何年かの間保たれていたが、他の心ないハンターたちが穴をあけたままにしていたために終わりを迎えることになった。必然的にクレイター周辺の場所を探すには許可が必要になり、現在もそのままである。

クレイターでの成功により、ハーグには鉱物ショーや郵便を使って売れる鉄隕石が手に入った。それよりも重要なことは、それによって他の隕石と取引することができるようになったことだ。

彼の初期の成功は問題が無かったわけではない。商業化石ディーラーにつきまとう問題は、すぐに隕石ハンターも飲み込んでいった。一部の学者などが商業的隕石コレクションを『ねたむ』ようになり、隕石を『収穫』することは科学を侮辱する行為だと言い出した。こんな曖昧な批判では仕方もないが。もし良いか悪いかがあるとしたら、事実は全く逆になる。ハーグが助け出した隕石は慎重にきれいにされ、配られ、展示されるために非常に苦労して準備されている(田中注:長く保存できるような処理、磨きなどをまとめてプリペアー、準備と呼んでいます)。今日、キャニオン・ディアブロは世界で一番多く出回っている鉄隕石で、公的団体、機関から個人的なコレクションにも入れられている。これらは天文学の学生がさわることを許される最初の隕石でもある。この点を考えると、コレクターが公の教育に貢献しているといえる。もしこれがなかったら、隕石は地中深く、錆びていくのを待っているだけで、誰の特にもならなかっただろう

ハンターがクレーターに立入禁止になってからしばらくして、ハーグはクレーター周辺10平方マイルの権利の要求を提出した。彼の申し立てはにべもなく却下された。クレーター数マイルからの採鉱願いにはすべて科学者たちが反対していた。彼らは州の土地から隕石が集められることを嫌悪していた。

------------ 第1部終わり